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***能力と対象とを併せ以て分類の原理とするものは少なくない。例えばCantoni(―1870―)がそれである。
三十日A、AveryでPersianとChineseArtを調べ始める。夜ファシールに行く。
吾々が実在に通達し得ると考えられるのは数学を通じてではなくして経験科学を通じてであった。――実在の個別性は、経験科学にとって異質性なるものとして残っている。問題をそれ故経験科学に限ろう。実在の単純化――方法――は併し無論人々の勝手であってはならない、それには或る一定のアプリオリがなければならぬ。経験科学が連続的な実在から不連続を単純化し出す時、即ち実在と実在との間に区画を施す時、このようなアプリオリを原理として之に従わなければならないのであるが、選択の原理が正にこのアプリオリなのである。単純化とはこの場合実在から或る一定の原理に従って選択を行なうことに外ならない。或る一定の見地に立って本質的なものと非本質的なものとを分ち、本質的なものだけを抽き出すことによって、科学的概念は構成される。科学の方法は選択の原理――それは方法がそうあると同様に形式的性格を有つ――にある。或る一定の特殊科学に就いて、無論選択の原理は、その方法は、唯一でなければならない。併し元来選択は一定の見地に立つのであったからして、一切の経験科学に就いてこの原理が同一でなければならない理由はない。そして選択の原理を異にすることによってこそ、方法の相違によってこそ、様々の異った特殊科学が生まれて来ることが出来る。故に経験諸科学は再び方法――選択の原理――によって分類されることが出来る筈である。かくてリッケルトによれば経験諸科学は、自然科学と歴史科学という特殊科学の主なる二群へ、方法論的に、形式的に――それは内容的に対立して意識されねばならぬ――分類される*(之に反して内容的には自然科学と文化科学とに分類される――後を見よ)。
冬菜完全に治つていた筈の肺がですの?でも、早見先生、主人はかねがね、死といふ問題を深く考へてをりました。つい四五日前でございましたか、もちろん、戯談めかしてではございますが、もし、命が助からんといふことがお医者さんにわかつたら、すぐに自分の耳に入れるやうにしてくれ、と申すんでございます。日頃の考へかたから申しましても、それだけの覚悟ができているに違ひございませんし、予めそれを知つて、なにか大事なことを言ひ遺しておきたいのではないかと、思うんでございます。
「野島にさ。」
科学と哲学と――吾々の国語は両者を区別する――は今日二つの種類の学問と考えられるのを普通とする。そして恐らく学問に於ける最も根本的な最も屡々必要な区別として人々はこの区別を要求しているであろう。吾々は先ず始めにこの区別に就いて言葉を費す義務を感じる。
早見わかりません。そこまではわかりません。多分早ければ二十四時間以内、おそくても、三日はどうかと思ひます。わたしはこれから臨床講義に出ますが、急変がありましたら、お知らせください。では、一、二時間おきに、強心剤だけ、どうぞ……。
所有権から利用権への推移
「少ないでしょう?」
加来万一……それが、僕はきらひだ。万一といふのはその事実が万分の一の公算で発生することをいふんでせう。危篤といふのは、逆に、九千九百九十九の公算で、生命が終りを告げることを意味するんぢやありませんか。いや、さうぢやない、百パーセントの効率をもつた死の衝撃を予見した表現でせう?さうであればこそ、僕は、周囲のものに、僕の最後の言葉をおくつたのだ。
学問の分類
私は茶の間で、ちょっとお茶をのんだが、食事はやめた。食べたくなかった。お母さんの方へは行かずに、表へ出た。散歩するというわけでもなく、行くところもないので、裏の空地へ行ってみた。あのいやな醜い桜の木がある。通りすぎて、お寺のなかにはいっていった。銀杏樹がすくすくと茂りそびえている。その幹によりかかって、私は泣いた。
加来どうしたんだらうね、いよいよつていふ瞬間がなかなかやつて来ないよ。
二十九日土曜、Aかえる。GrandCentralに迎に行く。Citylibraryに行き、teaをのみ、Whittierに行き、若松に行って、ゆっくり話す。和田が、ダニエルに私のことを話したと云うので、直接ダニエルに逢うことにする。
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